勉強

【英語】中学→文法重視・高校→長文という勉強法をやりたかったんだ!!

 

「なぜ中学ではあんなに文法を叩き込ませ、高校では長文を読ませるのか?」

これは勉強に励む学生にとって、なかなか解決しない疑問ですよね。

今回の素朴な疑問を発見したことについて、「きっと、どの世代にも悩む時期があったのではないか?」と気づきに自信があります!

また、この記事を読んだ方には是非とも考えてほしいことが1つだけあります。

 

学生はもちろん(見ているかどうかは不明ですが塾講師などをしている大人なんかも必見です!)

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冒頭の疑問が生まれる構図とそもそもの英語の授業を進める長期的な構成を、学生の人で知っている人は皆無でしょう。

英語に関するトリックは決して難しいものではありませんでした。隠していた秘密は思いの外シンプルです。

現に学生の人は、トリックを理解しておくことで、これから残りの授業を漠然と無駄に過ごしてしまう虚しさを感じずに済むかもしれないです!!

また、それ以外の大人は、悔しさを感じて脱力するor無力感にあきれて勉強し直すなどの行動をとるかもしれないですね(笑)

では、英語を勉強させて、どうして欲しかったのでしょうか?

 

ゴールは英語のメディアを読めることだった?

これが、昭和くらいまでの目標だったのでは?と思います。

 

鎖国からの敗戦を経験した日本が、海外の技術面や教育面での発展に追いつこうとするために、現地(ドイツ→アメリカ)の情報を知ることが重要でした。

そのために英語で書かれてある書類を英語で読めるように・英語が分からない日本人も情報を知れるように翻訳する技術が必要でした。

その結果、教育の場で英語を取り扱うときは「英語文献を日本人のために翻訳してくれる人」を育てるために、文法・読解に重きを置いた勉強を課すようになりました。

今風に言うと「(技能に長けた賢い人が)英語のメディアを読んで翻訳し、わかりやすく日本人にシェアしてほしかった!」です。

 

月日がたって「今のままではダメだ!もっと英語で会話をできる人を増やさないと!」と気づいているにもかかわらず、インプットする英語とアウトプットする英語がズレている教師・指導案・学校・塾で溢れています。

ちょくちょく問題視されているので、なんとなく知っているでしょう。

 

個人的な意見では、このような教育の場は少なくなっても消えないと思います。だから自分自身が学ぶ場所や教えてくれる人を探すなりして対処するしかないと思います。

もちろん実際に英語の能力が向上する勉強法や環境もたくさんありますから。

 

1番の被害者は、英語に対するネガティブなオーラが蔓延している社会に巻き込まれて、大量の「英語は勉強するだけ無駄」と感じる学生たちです。

何も分からない状態の人たちに無力感・無意味感を学習させてしまうのは、難しいことなしに悲しいし可哀想です。

 

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孤立しても生きていけるようになってしまった

分かりきったことを言いますが、重要性を感じないから学ぶ意味が分からないのです。

日本では、日常生活レベルの日本語さえ分かれば知識を得なくても生活(といえるほど活発なものではないが)をすることが可能になってしまいました。

究極に言うと、毎日誰とも会話をせずに生活している人もいるでしょう。

 

英語ができるようになりたい人は勉強している

ペラペラに話せるようになった人・テストの点数は低いけど楽しい!と思っている人など、技能に差はあれど、意欲がある人は勉強しています。

「学校の文法重視の教育は間違ってない」と主張している人も多いです。用は使い方次第なんですよね。

 

で、個人的に1つ疑問が。これどう思いますか?

 

 

 

英語の勉強をしたくない人が英語の勉強をしないで生きていけるようにするには?

 

日本には、日本語が使えたら十分だから英語の必要性を感じない人が多いですよね。こういう人たちの要望を叶えるには、どうしたらいいでしょうか?

この記事を読んだあなたも、考えてみてください!!!!!

ふぁいとです。

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